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うなぎのお話(歳時記)
うなぎのお話(歳時記)



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2021年2月13日 店主 記
鰻とダ・ヴィンチのはなし
 私共の店に入ると、かのイタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが残した「最後の晩餐」の写真が貼られております。その中の右から三番目の皿に描かれているのは鰻料理だと私は信じております。
 と申しますのは、イタリアでは古くから鰻を食べており、その歴史は時に日本より古いのではと考えるからです。
 1959年頃封切りされた例のソフィア・ローレン主演「河の女」には大鰻をぶつ切りにし、丸のまま金串に刺し、女工員がくるくる回しながら焼く姿など、鰻養殖や加工場のシーンが幾コマも出て参ります。
 そして、クリスマスには大鰻を鳥の丸焼きのように焼き、キャンディワインで乾杯するとか、鰻をよく食べている(食べていた)国はいくつか有りますが、「最後の晩餐」はやっぱり蒲焼かな、と思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2021年1月6日 店主 記
上り鰻と下り鰻のはなし
 あけましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 冬の間、河口付近にいたシラスウナギも、春になると子鰻(めそうなぎ)となり、一斉に川を上ります。前後を争うことなどせず、餌となる昆虫、小魚などを求め、どんな禍(わざわい)があろうと突破して上ります。これを「上り鰻」と言い、立身出世する人の形容詞となっていますね。
 反対に下り鰻となると、目や口などはよく発達し、産卵に備え肉が肥え、いつもは見えない鱗(うろこ)が押し出されます。この表皮の変化を豆の莢(さや)に例えてサヤガタ鰻と言います。
 どんな時代であろうと、その生態系と生き方は変わりません。不変であることの大切さを今一度見直し、お客様に変わらぬ美味しさをお伝え続けねばと思い、今日も火床の前に立っております。


2020年12月24日 店主 記
鰻の皮のはなし
 天然の鰻と養殖の鰻では、それぞれ身を守る役割の違いから色も厚さも大きく異なります。季節、水温、水質、餌など、成長段階の環境によって左右されるのですが、構造的にはどちらも同じです。その皮膚はなめらかで二種類の粘液によってあらゆる災いから身を守っているのです。
 もちろん鱗(うろこ)だってあります。発達した鰻の表皮の粘液は古くから肺炎の特効薬として知られております。
 鰻の持つ特性を余すことなく体内に取り入れ、元気はつらつとした毎日をお過ごし頂きたいと願い、今日も火床の前に立っております。
 
1年間ありがとうございました。新年は3日より営業致します。どうか変わらぬご愛顧を賜ります様、宜しくお願い申し上げます。皆々様、良いお歳をお取りください。


2020年11月2日 店主 記
天然鰻のはなし
 鰻の旬はいつ?と聞かれ、「夏」と答える。確かに何を食べてもおいしくない時期に、香ばしくて美味しい鰻を食べ滋養をとる事こそ旬なのかも知れませんね。
 しかし、やはり鰻の旬と言えば秋から初冬にかけてです。産卵のため遠くマリアナ海溝までの長旅に備え、たっぷりと皮下脂肪を蓄えた希少価値のある下り鰻は本当においしいと思います。
 今や養殖鰻全盛の時代ですが、私共では、より天然に近い養殖鰻もご用意しております。鰻の旬を味わってください。
 鰻の生態系と文化の勉強まだまだと思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2020年10月1日 店主 記
鰻と文化のはなし
 古くは味噌や酢を付けて食べたり、塩焼きにしたりと、鰻は日本の食文化に多大な影響をもたらして来ました。醤油と味醂によって、今のような蒲焼になったのは江戸時代。当時は蕎麦や寿司と同様、屋台によって売られていました。
 その後19世紀に入ると、料亭のような座敷のある店から屋台による辻売りまで、様々な形で鰻は庶民に愛されて来ました。
 私共では、古くから日本人によって作り上げられてきた鰻文化を絶やすことなく継承することも鰻屋の使命のひとつと考え、隣地にささやかな別館「うなぎ無時庵」を造らせていただきました。
 店名は「お客様は時を気にせず、いつでもおいでください」という思いとともに、しかるべき先生に名前を付けていただきました。
 ゆっくり鰻を召し上がっていただき、新たな鰻文化を語り作っていただければと思いながら、今日も火床の前に立っております。


2020年8月31日 店主 記
鰻と発酵食品のはなし
 「順番が来たと鰻のあわてよう」勢いよく動き回る鰻を毎朝一刀のもとに開き、幾つもの行程を経て蒲焼を作っております。
 おいしく召し上がっていただくためにはおいしいタレが欠かせませんね。そのタレを作るには、醤油・みりんなどの日本の発酵食品が必要となります。世界各国には様々な発酵食品がありますが、その多くは自然の営みの産物だと考えます。
 謎に包まれた鰻と、古来より伝わる発酵食品によって、おいしい蒲焼となるのですが、考え出した先人には只々感謝です。
 食品の大量生産・工業化が進んだ今の世にあって、手作業でしか出来ない良さを味わっていただきたいと思い、今日も火床の前に立っております。


2020年8月7日 店主 記
土用鰻と二の丑のはなし
 「土用丑の日鰻の日」今年は7月21日でした。そして、二の丑と言われる日は8月2日。そもそも年々によってなぜ二の丑と呼ばれる日があるのでしょうか。それにはこんな訳があります。
 夏の土用は、立秋の前の18日間、おおよそ7月20日頃に土用入りし、その土用の時間にある丑の日が土用丑の日、新暦では8月7日から11日頃に土用があけ立秋となりますので、その前の間ですね。おわかりですか?
 毎日暑い日が続きます。夏ばてしないようにビタミンAやDが豊富な鰻をどうぞ召し上がってください。今年はお吸物に土用しじみもご用意致しました。もちろん宍道湖(しんじこ)の天然しじみです。
 皆々様が元気でこの夏を過ごされます様念じながら、今日も火床の前に立っております。


2020年7月6日 店主 記
天然鰻のはなし
 創業41年を迎え、以来初めての経験や様々な不測の事態の中で商いをさせていただいておりますが、今年も天然鰻が入荷して参りました。
 鰻専門店である以上、お客様に本物の味をお伝えし続けることこそ大切な使命と考え続けております。
 年々際さい生態系の変化や河川環境の悪化などで入荷量もだいぶ減ってきましたが、長年お付き合いさせて頂いている川漁師さんのおかげで、今年もその風味を味わっていただけます。岐阜県の奥長良川から来る天然アユも併せてご賞味ください。
 天の恵みは御人の力によって味わえます。その一翼を担える店であり、職人でありたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2020年6月2日 店主 記
鰻蒲焼の味わい方のはなし
 蒲焼をおいしく食べるには、第一に鰻が良くなければなりません。鰻に限らず食品にはすべて「シュン」がありますが、現代ではその「シュン」さえも疑わしくなってまいりました。加えて、このはっきりとしない世の中で私たちははたして「シュン」と共に本物と言われる食品を食べることが出来るのでしょうか?考えさせられてしまいます。
 蒲焼は特に熱いうちに食べるべき料理なのに、鰻屋へも行けず、持ち帰って食べなくてはならない事は、お客様にとっても鰻屋にとっても実に残念なことですね。
 その昔、冷めた蒲焼を少しでも美味しく食べるために「土鍋にいい酒を沸かしアルコールを飛ばし、そこへ蒲焼を入れて約1分、引き上げたら静かにタレをかけて食べる」と記されておりました。お試しあれ。
 一日も早く風味豊かな熱々の蒲焼をお客様にさしあげたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2020年5月12日 店主 記
鰻と鮎のはなし
 以前、鰻は海水、淡水どちらでも生きられる特殊な体質を持っている話をいたしましたが、鮎も同じような対応性を持っております。
 産卵場所は、鰻は海深い海溝、鮎は河口の瀬とそれぞれ異なりますが、その後の生態系にはどこか似たところがあります。海水と淡水双方で生きることのできる鰻と鮎、おいしさの秘密がその辺にあるのではと思っております。
 私どものお店では、例年鰻を焼いたあとの炭火で鮎を焼き、いろりの周りに立てかけております。日本の河川環境は、鰻や鮎にとって決して良好とは言えませんが、そのおいしさを引き出し、お客様に召し上がっていただく事こそ、私どもの仕事と考えております。
 栄養価の高い鰻で免疫力を高め、元気にお過ごしいただきたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2020年4月3日 店主 記
鰻と海流のはなし
 皆さん、小諸市の懐古園にある島崎藤村の詩碑「椰子の実」をご存じでしょうか?渥美半島の伊良湖岬で、民俗学者の柳田国男が椰子の実を見つけ、それを藤村に伝えた事から作詞されたと言われています。
 黒潮に乗って遠き島から流れ着いた椰子の実、うなぎの生態系もほとんど同じです。マリアナ海峡で生まれ、赤道の北側を流れる海流に乗って西へと進み、日本方面に流れる黒潮に乗ってやって来るのです。その海流が20〜30年周期で変化し、シラスウナギが捕れたり捕れなかったりとか。
 生態系を含め、世の中どんなに変わろうとも、私共の仕事はただ一つ、とびっきりおいしく体に良い蒲焼を作る事、そしてしれこそが喜びと思い、今日も火床の前に立っております。


2020年3月22日 店主 記
鰻と「闇の大潮」のはなし
 雪が雨へと変わり、いよいよ春の訪れが感じられます。シラスウナギの漁期もそろそろ終わりとなりますが、今期は予想以上の豊漁でした。
 昨年末から今年の1月下旬の「闇の大潮」にかけて大採れとなり、7月以降、少しでもお安く鰻を召し上がっていただけるのではと思っております。
 古くから「闇の大潮」にはシラスウナギがよく採れると言われていますが、「闇の大潮」とはいったいいつの事なのでしょうか?
 文献によれば、月や太陽の引力によって周期的に起こる海面の昇降とあります。きっと月あかりもない闇の中で海面が上昇する時でしょうね。「宇宙、神、鰻」そこには何か深い関係があるのではと思えてなりません。
 神秘的な鰻を心込めて皆々様の長寿につながる様、おいしい蒲焼作ることが最も大切だと考え、今日も火床の前に立っております。


2020年2月13日 店主 記
「鰻と信仰」のはなし
 近しい人々が互いに行き交い親しく睦み会うがゆえに「睦月」といわれている一月が過ぎ、草木もよみがえろうとする「如月」二月を迎えました。
 皆々様、初詣には行かれましたか?私どもの店の入口には鰻を神の使いとしてあがめている京都三嶋神社のお札が奉られております。聞くところによると、全国に三嶋神社を社名とする神社は700〜1000社ほどあるとか。そしてそのほとんどが鰻を神の使いとし、水害の多い地域にあり、鰻が洪水の際に現れる事から水の神としてあがめられ、天地異変の際、慈悲をもって救難を救う仏であると言われております。
 また、三嶋神社には鰻の絵を描いた鰻絵馬があり、二匹には子授祈願、三匹には安産をと願いが込められ、参拝者の手によって奉納されております。
 鰻の恩恵を心身ともにいただきながら「無病息災」皆々様と共に限りなく平和で過ごせるように祈願しながら、今日も火床の前に立っております。


2019年12月4日 店主 記
「鰻は淡水魚?海水魚?」のはなし
 初冬を迎え、今まで川や湖にいた天然鰻(日本鰻)は産卵のため遠くマリアナ海溝をめざし、海へと下って行きます。
 自分が雄か雌かもわからないまま大海へ出て行き、途中でようやく性別がわかり子孫繁栄へと導かれて行くのです。不思議ですね。
 ところで、どうして鰻は淡水でも海水でも生きられるのでしょうか?それは、鰻にはどちらでも生息できる特殊調整機能があり、その機能の作用によって生きられるのです。
 世界各地には幾種類もの鰻がいます。各地各様料理の仕方も様々。でもやはり日本鰻の蒲焼が最高ですね。私たちは日本人ですから。
 いつまでもこのおいしさが失われないことを願い、今日も火床の前に立っております。


2019年11月4日 店主 記
「鰻屋の符ちょう」のはなし
 修業時代、「職人である前にまず人であれ」と教えてくれた下諏訪の丸六本山商店の親父には、今もって何の恩返しもできておりません。何とかしてその生き方、考え方に近づこうと思うのですが、足元にも及びません。そんな中で受け継いでいる一つに「符ちょう」があります。
 
  一 二 三 四 五 六 七 八 九 十

  千 リ 用 丁 天 カ ツ ガン マル

 これが鰻屋の符ちょうです。アルバイト時代から親父の言葉じりをまねて覚えた事、思い出します。
 鰻を取り巻く環境変化は、あらゆる場面で想像を越えていますが、鰻屋としての本筋は何も変わっていません。
 鰻文化を守り、後世に伝える事も鰻屋の大切な役割のひとつだと思い、今日も火床の前に立っております。


2019年10月12日 店主 記
「うなぎと人間の付き合い」のはなし その2
 薬食いと言われるほど栄養価の高いうなぎ。そのうなぎの持つ栄養を余す事なく体内に取り入れていただくためには、一緒に食べて頂く物が自然の物でなくてはならないと考えます。
 「漬物」、口直しに少量ですが大切な逸品と思い、先日から山梨県白州町で作って頂いております。
 自ら無農薬野菜を栽培し、麹を育て、天然醸造で味噌を作り、天然塩、きびから作った砂糖などを使って大切に漬けてもらっております。元より日本料理は来から始まり、発酵と醸造を要とした料理です。
 鰻の蒲焼は日本固有の食文化、胸を張って世界に発信して行きたいと思い、今日も火床の前に立っております。


2019年9月30日 店主 記
「うなぎと人間の付き合い」のはなし
 古くは縄文時代、出土した土器にまじりうなぎの骨も発見され、奈良、平安時代には夏痩せを防ぐ妙薬として万葉集にも記された鰻も、鎌倉時代にはあまり関心がなかったのではと思っておりました。
 ところが先日、「植原路郎」先生のお書きになった書物を拝読し、決してそうではなっかことを知りました。
 当時、今の鰻という字は  と書かれ、字音は「セン・クン・テン」とあり、その効能はまさに
薬食いだったそうです。
 つまり、室町時代に調理の世界に鰻が登場し、ぶつ切りに切った鰻を焼き、酒と醤油で味を付けて食べていた時代から令和元年現代に至るまで、その効き目はなんら変わっていないという事実です。
 世の中変わったとは言うものの、やはり鰻は不思議な力を持った食材です。そんな鰻を現代の粋を集めて旨い蒲焼を作りたいと思い、今日も火床の前に立っております。


2019年8月2日 店主 記
「裂きは三年焼一生」のはなし
 鰻職人になるのには長い経験と厳しい修業が必要です。時代の変化とともに裂く、刺す、焼く機械が出現し、大量に加工できることにはうなづけますが、趣味と滋養の食べ物として江戸時代から珍重されてきた鰻が、どんどん惣菜化されていくのはどうにも情けない限りです。
 しかし、大丈夫です。私共にはそんな時代の変化には目もくれず、毎朝早くから私の裂く技術を身に着けようと頑張っている新人がおります。
 鰻を生かし、まな板や道具を洗ったり、鰻の生態を勉強したりと、休む間もなく修業に励んでおります。いつの日かきっと腕のいい鰻職人になれるでしょう。
 裂く技術をはじめ、蒸す技術、焼く技術を伝授しながら、時代を超えてお客様に鰻のおいしさをお伝えしたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2019年7月7日 店主 記
「土用丑の日」うなぎの日のはなし
 今年の土用丑の日は7月27日です。日本のうなぎを取り巻く様々な環境変化には、毎日うなぎを扱っている私どもも驚かされることばかりです。
 中でもここ数年、日本うなぎのシラス不足により始められた外来異種うなぎ養殖が及ぼす生態系への影響が心配でなりません。安ければいいと言うものではないと思うのは私だけでしょうか?
 うなぎ事情はともあれ、今年も「土用丑の日」うなぎの日がやって参りました。暑い夏を乗り切るために、どうぞ「うなぎ」を召し上がってください。人間の体内では作り出す事の出来ない必須アミノ酸を多く含むうなぎは、きっと活力の源になります。
 生きた鰻を古来からの技法で焼き上げ、お客様の心に残る味をお届けしたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2019年6月2日 店主 記
鰻と器のはなし
 水無月、6月、田に水を引き、田んぼの神様に豊作を祈り、花笠姿の早乙女が田植えをする姿など、滅多に見ることがなくなりましたね。時代の変革とともに失われていくことの多さに寂しさを覚えるのは歳を取ったせいでしょうか。
 活きた鰻を裂き、串を打ち、かんかんに焙った火床に鰻をかざし、蒸をかけ蒲焼にする。私どもでは古くからの手順を変えることなく、今に至っております。
 仕上がった蒲焼を有田焼の大皿に盛り付け、土鍋で炊いた熱々のごはんと一緒に食べていただく、この姿こそ江戸時代から続く鰻料理屋本来の形なのです。
 一杯やりながら、ゆっくり時をお過ごしいただき、美味しい蒲焼を召し上がっていただければと願い、今日も火床の前に立っております。


2019年4月25日 店主 記
鰻と器のはなし
 私共では「春雷」という名の吟醸酒を一杯ずつお飲み頂いております。酒が減った分、自動的に窒素が入り風味が変わることはありません。
 卯月四月、今月は「重箱」うな重についてお話します。そもそもその起こりは割合に新しく、昭和の中期頃と言われております。1800年代、蒲焼が冷めないようにと、大きな丼に蒲焼と熱々の御飯を一緒に入れたのが事の始まり。
 当時、芝居見物に行く客が丼では重すぎるので、これを「杉折」に変え、一杯やりながら見物していたのでしょうね。
 その後、昭和に入り、他の食材とは一線を画し、高級感をアピールするために、漆塗りの「重箱」が使われ始めたと言われています。
 ちなみにお芝居で次の幕に行く間に食べた弁当を「幕の内弁当」と言うそうです。
 おいしいお酒とおいしい蒲焼。粋な時間をお過ごし頂きたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2019年3月1日 店主 記
鰻と器のはなし
 太陽の光も次第にやわらぎ、弥生3月を迎えています。今年もおかげ様で私どもの池にシラスウナギが入りました。これから1年半じっくりと育ててもらいます。
 さて、前月に続き「丼」のはなしをさせていただきます。私どもでは、以前からのご要望に応え「まむし丼」をお出ししております。まむしと言っても蛇ではありません。熱いご飯とご飯の間で蒸すので「間蒸し」と古くから関西では「うな丼」の事をこう呼んでおります。
 使う器は九州有田の福泉窯にお願いして作っていただいた逸品です。中国景徳鎮の流れをくむ古典的な絵を染付けで仕上げてもらいました。どうぞ日本で唯一の丼と極上の鰻を共にお楽しみください。
 鰻文化を継承しつつ、固有の価値を作り出す事こそ大切と考え、今日も火床の前に立っております。


2019年2月12日 店主 記
鰻と器のはなし
 二十日正月も過ぎ、一年でもっとも寒い「大寒」も経て、早や二月「如月」となりました。まだまだ寒い日が続きますが、地中ではきっと春の準備が着々と進んでいる事でしょうね。
 私どもでは高騰を続ける鰻をどうすればもっと気軽に召し上がっていただけるのかを考え、「きせわた丼」と銘した鰻丼を始めました。少量でも極上の鰻をという思いから。使う丼は有田で作っていただいた「伊万里」。
 温めた丼に熱々の御飯を盛り、丹念に焼き上げた蒲焼を細く切って乗せ、更に小惣と海苔をまとわせた姿は菊の節句の綿の如くです。どうぞお試しください。
 今年もシラスウナギの漁は少なく、値落ちする気配はありません。どんな事情であれ極上の鰻を焼き続け、鰻文化をきっちりと伝えていかなければと思い、今日も火床の前に立っております。


2018年11月28日 店主 記
鰻と料理のはなし
 山粧(よそお)う秋、山々の表情も四季それぞれ、季節によってその装いを変える事を良しとする日本料理。それが最も得意とするのは、発酵食品をうまく使う事だと考えます。
 私共の鰻会席には、蒲焼きのタレを作るのに使う醤油をはじめ、白焼きを味噌や塩糠に漬けたり、一塩した白身魚を昆布じめにし、更にそれを米と麹だけで作った甘酒と、粉末にした醤油で召し上がっていただいたりと、いろんな発酵食品が登場して参ります。
 料理長折井と新人小林が湯葉ときな粉にチーズの力を足してデザートを作っておりました。どうぞご予約ください。
 下り鰻の時節(うなぎの旬)となりました。おいしい鰻を召し上がっていただける様、今日も火床の前に立っております。


2018年10月12日 店主 記
鰻と料理のはなし
 秋分の日も過ぎ、いよいよ秋たけなわ、中秋の名月、芋菜月と豊作への感謝を忘れない日本の文化はなんとも素敵ですね。
 子持ちアユ・かじか・小鮒・ます・松茸・銀杏・栗に柿などなど、秋の食材が私共の「鰻会席」を豊かにしてくれます。料理長折井と新人小林が作り出す「秋の鰻会席」をどうぞご予約ください。
 鰻をぶつ切りにし、骨を抜き、代わりにゴボウを刺して煮上げた「鰻の印籠煮」、鰻の新しい味をお楽しみください。
 今月下旬から鰻のシラス漁が始まります。今期はどうかな?と心配しながら今日も火床の前に立っております。


2018年8月20日 店主 記
土用うなぎと土用しじみのはなし
 むわって熱気がまとわりつく蒸し暑い大暑ももうすぐ終わり、まもなく立秋を迎えようとしております。
 立秋前の18日間を「夏の土用」と言いますが、やっぱり夏の御馳走と言えば「うなぎ蒲焼き」ですね。ビタミンAをはじめ、一串に大人3日分の栄養が詰まっており、万葉の昔から夏バテには鰻が一番と語り継がれて来ました。
 同時に「土用のしじみ」、こちらも江戸時代から薬効ある食材として珍重されており、カルシウムや鉄分、ビタミンAやB群など栄養価が高く、肝臓に良いとされてきました。
 私共ではぷくっと身の大きい島根県の宍戸湖産の「しじみ」のみお出ししております。新人小林がしじみのだしを取り、調理長折井が絶妙なあたり(味)で作った味噌汁を店長はじめ全員で熱いうちに召しあがって頂いております。
 どんな時でも手に入る最高の材料を選び、めいっぱいおいしく仕上げる事を私共の仕事と心得
、今日も火床の前に立っております。


2018年7月15日 店主 記
鰻料理のはなし
 過日、「アンギラ・アンギラ種」と呼ばれるヨーロッパ鰻を使ったフランス料理をいただきました。世界には鰻を使った料理がたくさんあります。各国各様その技法に多くを学ばせてもらいました。
 私共が使っている鰻は「アンギラ・ジャポニカ種」と呼ばれている日本鰻です。来年5月のワシントン条約に向かって絶滅危惧種と呼ばれ、その生態系に国までもが関与するようになってきた貴重な日本の食文化の根源のひとつですが、その代表的な料理技法は「蒲焼」です。
 世界遺産として登録された「日本料理」。その中にあって「蒲焼」は特別な位置づけにあります。
 お客様のために、また日本人のためにも「世界一おいしい蒲焼」を作りたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2018年6月6日 店主 記
天然鰻と天然アユ
 五月に入り、私共には日本各地から天然鰻が入荷して参りました。以前に比べ川漁師もめっきりと減り、特定の川からの入荷はまかないきれなくなって参りました。
 鰻は海から川に遡上し、住みやすい縄張りの中で生きますが、その生態系にアユもよく似ております。海水から汽水へ、そして真水へと移り行く中できっとあの独特のおいしさが生まれるのでしょう。
 そんな旨味のある鰻を、私共では太巻き寿司にしております。タレと煙の味を十分にしみ込ませた蒲焼きときゅうりを芯に、おいしいんですよ。
 そしてアユはタデの葉をきざんで寿司飯と混ぜ姿寿司に、また鰻の隣の炭火で塩焼きにと、こちらも私共の得意料理です。
 季節が届けてくれるおいしさを忠実にお客様に差し上げたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2018年5月13日 店主 記
鰻の料理の話し(その2)
 「山鰻」という言葉をご存知でしょうか?そうです。野に自生する「山芋」の事です。以前は冬になると毎年群馬県の山中に堀りに行きましたが、近年はめっきり少なくなり、遠く九州より送って頂いております。
 芋は芋でもジャガイモやサツマイモは生では食べれませんが、長芋に代表される山芋には人間の胃にやさしい消化酵素が含まれており、生でいただけます。
 いちょう芋(大和いも)、つくね芋などがありますが、私共ではその中でも澱粉質が多く粘り気の強い自然薯(じねんじょ)のみをとろろ芋にして召し上がって頂いております。
 料理長の折井が独特な味付けをしたとろろ芋と、風味豊かに焼き上げた蒲焼きとを取り合わせた「うなとろ丼」。この取り合わせはきっと皆様の滋養になると思います。
 食べることによってこそ培われる人間の健康、そのお手伝いができる商売でありたいと願い、今日も火床の前に立っております。


2018年3月13日 店主 記
鰻の料理の話し(その1)
 日本の長い歴史的背景によって育まれ残された鰻料理は数多くあります。その中で、私共でお出ししている「う鍋」についてお話ししましょう。
 作り方はいたってシンプルです。まずは生きた鰻をブツ切りにします。串に刺して白焼きとし、骨を抜いて小半日天日干しをします。
 あらかじめ白焼きにした頭と骨、そしてコブとカツオでダシをとり,薄口醤油と塩で味を付けます。あとはそれに干した鰻と葱、焼麩を入れて吸い物仕立ての鍋とします。
寒い間、ぐつぐつと煮えた「う鍋」をふうふう言いながら、鰻の持つ旨味を存分に味わっていただければ、まさに滋養強壮、体のすみずみからエネルギーが沸いてまいります。
 今年はアンギラジャポニカ種(日本鰻)のシラスウナギは大不漁です。尊い鰻の持つ滋味と栄養を余すことなく召し上がっていただくことこそ、鰻職人の使命と心得、今日も火床の前に立っております。


2018年1月10日 店主 記
「おいしい蒲焼」の話し(その6)
 あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
 さて、今月は蒲焼きの生命、タレについてお話ししましょう。タレの作り方の基本は醤油、ミリン、そして砂糖を静かにゆっくり煮詰めながら作ります。この簡単な取り合わせですが、作るたびにそこにはそこはかとない難しさを感じております。
 私共では三種の本醸造醤油と、こちらも本醸造の三河の本ミリン、そして手間暇かけた砂糖を使いますが、その最高の材料をどう活かし、どう組み合わせるか、この辺にコツを要します。
 思いを込めた新しいタレを毎日ツボに継ぎ足し、年を追うごとにおいしくなっていく、そんな蒲焼を焼き続けて行きたいと思い、今日も火床の前に立っております。


2017年12月16日 店主 記
「おいしい蒲焼」の話し(その5)
 「串は三年、蒸し八年、焼きは一生」と言われるほど簡単そうに見えて難しく、コツを要する蒲焼。いよいよタレを付けて本焼きとなります。
 私共ではタレを三回付けて焼きますが、ここで重要な役割を果たすのは「うちわ」です。その目的はタレが炭火の上に落ち焦げて上って来る煙を鰻にまとわせ、蒲焼特有の滋味と風味を付けるためです。
 最後に静かにタレが乾く程度に焼き上げるのですが、この辺にコツを要します。タレは蒲焼の生命と言って良いくらい重要だと思いますが、その事は次回とします。
 それより何よりおいしい蒲焼を作るために最も重要なのは、全員が一つの思いを持って仕事にあたるチームワークだと考えます。
 あらゆる取り巻きに心から感謝しつつ、今日も火床の前に立っております。
 一年間、ありがとうございました。


2017年10月18日 店主 記
「おいしい蒲焼」の話し(その3)
 正確に串打ちしたら、鰻をいよいよ白焼にします。白焼こそ全てを決すると言っていいほどです。美味しい蒲焼を焼くためには重要な仕事なのです。
 聞けばキンキンと備長炭をおこし、まず皮の方をかざします。皮はやわらかくするためにやや弱火でじっくりと軽く焦げ目をつけます。
 反対に身の方は風味を損なわない高温で一気に焼き上げるのですが、ここにコツを要します。手返し百編と言われるほどに手返しを繰り返し、火床の強弱を使い、うちわを使って光沢のある白焼きを焼きます。要は炭火の熱が鰻全体に平均して当たるよう気配りを怠らないことが必要なのです。
 うちわをバタバタさせながら炭についた灰を取り払い、鰻から落ちる脂肪が煙となり、風味豊かな香りを嗅ぐ時、「ああ、鰻屋になって良かったな」とつくづく感じております。
 そして今日もおいしい蒲焼きを焼くために、火床の前に立っております。


2017年9月12日 店主 記
「おいしい蒲焼」の話し(その2)
 前回おいしい蒲焼きを焼くためには5つの大切な要素があるとお話ししましたが、今回はその2、「串打ち」についてお話ししましょう。そこは簡単なように見えて大変難しいコツがあると私は考えます。
 私共では関東風に背開きをし、焼くと黒くこげ残ると舌ざわりの悪くなるヒレを取り、切り出して串打ちをします。
 この時皮と身の間を通すのですが、皮に入りすぎると蒸した時身が崩れ、肉に入りすぎると焼いても肉が盛り上がらない、ここにコツを要するのです。
 毎朝、串を打つ時、串を作ってくれた同級生の村山繁君を始め、多くの方々の慈愛に満ちた恩恵に感謝しつつ、おいしい蒲焼きを焼く自らの役割をまっとうしなくてはと思い、今日も火床の前に立っております。


2017年8月17日 店主 記
「おいしい蒲焼」の話し
 鰻が夏やせに良く効く栄養価の高い妙薬であったことは神代の昔から知られてることです。今こそ鰻を召し上がり暑い夏を乗り越えてください。
 ところで私は、おいしい蒲焼を焼くのには、5つの大切な要素があると考えます。1回には書ききれませんので、今回はまず鰻の選定についてお話ししましょう。
 私共で扱っている鰻は二通りあります。日本各地によって送られてくる天然物と、少なくても18ヶ月以上かけて大きくした養殖鰻です。どちらも手に持つとわかりますが、肥えて肉が締まり、肌触りがきめ細かでもっちりした物が最高なのです。
 鰻を捕る人、育てる人、様々な御人の力により、年間通し変わらぬ質感を手に感じさせていただける事は職人冥利につきます。同時に日々感謝感謝。
 上等な鰻、どう焼けば皆様に納得して頂けるかが私共の仕事と肝に銘じ、今日も火床の前に立っております。


2017年7月21日 店主 記
「土用丑の日」の話し
 今年の「土用丑の日」は7月25日、土用は20日間なので、今年は二の丑もあります(8月6日)。なぜこの風習が始まったのかは昨年お伝えした通りですが、もう一度お話しします。
 何を食べてもうまくない暑い土用のさなか、暇で困った鰻屋が、江戸時代名声をはせていた科学者平賀源内に相談したところ、たまたま土用丑の日であったので、「本日土用丑の日」と大書して店頭に掲げたところ、これが庶民の間でうわさとなり、鰻を食べると夏負けもせず、寒くなっても風邪もひかない、なおかつ長寿も得られると評判となり、鰻屋が大変繁盛したと言うのが始まりです。
 皆様の不老長寿を願い、私の考案した「五通りの法則」(次回お話しします)を守り、とびっきり美味しい蒲焼きを焼きたいと願いつつ、今日も火床の前に立っております。


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