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うなぎのお話(歳時記)

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うなぎのお話(歳時記)



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2017年9月12日 店主 記
「おいしい蒲焼」の話し(その2)
 前回おいしい蒲焼きを焼くためには5つの大切な要素があるとお話ししましたが、今回はその2、「串打ち」についてお話ししましょう。そこは簡単なように見えて大変難しいコツがあると私は考えます。
 私共では関東風に背開きをし、焼くと黒くこげ残ると舌ざわりの悪くなるヒレを取り、切り出して串打ちをします。
 この時皮と身の間を通すのですが、皮に入りすぎると蒸した時身が崩れ、肉に入りすぎると焼いても肉が盛り上がらない、ここにコツを要するのです。
 毎朝、串を打つ時、串を作ってくれた同級生の村山繁君を始め、多くの方々の慈愛に満ちた恩恵に感謝しつつ、おいしい蒲焼きを焼く自らの役割をまっとうしなくてはと思い、今日も火床の前に立っております。


2017年8月17日 店主 記
「おいしい蒲焼」の話し
 鰻が夏やせに良く効く栄養価の高い妙薬であったことは神代の昔から知られてることです。今こそ鰻を召し上がり暑い夏を乗り越えてください。
 ところで私は、おいしい蒲焼を焼くのには、5つの大切な要素があると考えます。1回には書ききれませんので、今回はまず鰻の選定についてお話ししましょう。
 私共で扱っている鰻は二通りあります。日本各地によって送られてくる天然物と、少なくても18ヶ月以上かけて大きくした養殖鰻です。どちらも手に持つとわかりますが、肥えて肉が締まり、肌触りがきめ細かでもっちりした物が最高なのです。
 鰻を捕る人、育てる人、様々な御人の力により、年間通し変わらぬ質感を手に感じさせていただける事は職人冥利につきます。同時に日々感謝感謝。
 上等な鰻、どう焼けば皆様に納得して頂けるかが私共の仕事と肝に銘じ、今日も火床の前に立っております。


2017年7月21日 店主 記
「土用丑の日」の話し
 今年の「土用丑の日」は7月25日、土用は20日間なので、今年は二の丑もあります(8月6日)。なぜこの風習が始まったのかは昨年お伝えした通りですが、もう一度お話しします。
 何を食べてもうまくない暑い土用のさなか、暇で困った鰻屋が、江戸時代名声をはせていた科学者平賀源内に相談したところ、たまたま土用丑の日であったので、「本日土用丑の日」と大書して店頭に掲げたところ、これが庶民の間でうわさとなり、鰻を食べると夏負けもせず、寒くなっても風邪もひかない、なおかつ長寿も得られると評判となり、鰻屋が大変繁盛したと言うのが始まりです。
 皆様の不老長寿を願い、私の考案した「五通りの法則」(次回お話しします)を守り、とびっきり美味しい蒲焼きを焼きたいと願いつつ、今日も火床の前に立っております。


2017年6月10日 店主 記
「鰻は思い出に残る味」の話し
 先日、ある紙面で「思い出に残る味」と題した記事を拝読致しました。彼女は若い頃勤めていた会社で、来客のたびに鰻重を注文する事が仕事の一部、いつか自分も食べてみたいと思っていたところ、寿退社の折にその鰻重を上司が餞別として食べさせてくれた。その味が忘れられないと記されてありました。
 ところで皆さん、ダヴィンチが描いたかの名画「最後の晩餐」はご存じですね。あの絵の中の小さな皿の一つに「うなぎ」が描かれているのをご覧になったことがありますか?
 世の東西を問わず、鰻は滋養に満ちた食材であることは神世の昔から知られていたことなんですね。
 いつ食べていただいても皆様の養生となり、また生涯の思い出の味になる蒲焼きを焼きたいと思い、今日も火床の前に立っております。


2017年5月4日 店主 記
「うなぎと相性のいい食材は?」の話し
 前回、鰻の持つ旨さとエキスを余すことなく煮出して作る「うなべ」の話しをしましたが、鰻を使った日本料理は他にもたくさんあります。その中でも「ごぼう」こそが一番相性が良いのでは?と私は思います。
 私共でお出ししている中では、ごぼうに鰻を巻いて焼き上げる「八幡巻(やはたまき)」、反対に太い堀川ごぼうの芯に鰻を入れて煮上げたものなどなど。ごぼうの持つ独特の風味が鰻とはまさに相思相愛だと考えます。
 鰻の蒲焼きはもちろんのこと、鰻の持つ力を最大限活かしつつ、他の食材と合わせ、料理長折井君と共に日本料理を追求し続けたいと思い願い、今日も火床の前に立っております。


2017年4月28日 店主 記
「うなぎの鍋」の話し
 長い歴史の中で、うなぎ特有のおいしさを活用した料理は本当にたくさんあります。その中でも私共では、本来あまり食べることの少ない鰻の頭と骨からエキスを煮出し、骨を抜いたぶつ切りの鰻と季節の野菜を使った「う鍋」をコースの中でお出ししております。
 「鰻ってこんなにおいしいんだ」とお客様に大変喜んで頂いておりますが、まだまだ他の食べ方もたくさんあります。
 料理長折井君と共に「温故知新」の精神で鰻の持つ力と可能性を追求し、鰻料理の一般家庭化が計られればいいなと思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2017年3月17日 店主 記
「シラスウナギの大きさは?」の話し
 弥生3月、ようやく春めいて参りました。あちこちで新1年生の誕生、心はずむ季節ですね。おかげ様で私共に向けられる養殖地でも幼魚シラスウナギが元気に泳ぎ始めております。
 ところでこのシラスウナギ、池入れ時の大きさは?と言いますと、1キロで約5〜6000匹、一匹の重さはなんと0.2g以下、長さは5cm前後という小ささなんです。
 この幼魚がこれから朝と晩2回のエサと水温27度前後の池でスクスクと大きくなって参りますが、私共で使える大きさになるまでにはあと14ヶ月かかります。池の脇に寝泊まりしながら番をして頂いている場長さんには本当に頭が下がります。この手塩にかけて大きくしてくれた上等の鰻をとびっきりの蒲焼きに仕上げるのが私共の役割。
 洗練された日本料理をモットーとする私共の料理長折井君の料理と共に、最高の鰻を味わって頂きたいと思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2017年2月7日 店主 記
鰻は「日本のスーパーフード」の話し
 古来より「鰻を食べて精を付ける」と言われてきた事が、いよいよ現代になり化学的に立証されて来ました。
 ビタミンAを初めとする多くの栄養素を含むうなぎ、いろんなサプリメントを飲むより、その美味しさを感じつついただく鰻はやっぱり血となり肉となることでしょう。
 自分の体内では作り出すことの出来ない「必須アミノ酸アルギニン」も鰻にはたくさん含まれているそうです。
 他にもすっぽん、ふぐなどどれも私共の料理長折井君の得意とする料理のひとつです。折井君の作る日本料理と鰻を食べて、病に負けない丈夫な体で元気にお過ごしください。
 風邪などをひかないようにと思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2017年1月7日 店主 記
「平成29年 今年の鰻は」の話し
 あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。
 さて、昨年来、各地のシラスウナギ漁も順調の様です。例年通り養殖池には今年も規制の範囲内ですが、赤ちゃん鰻が入ることでしょう。
 私共も、私の焼く鰻と料理長の作り出す日本料理は、店長らによるおもてなしで皆様をお迎えして参ります。
 独自の手法に益々磨きをかけ、お客様に感動を覚えて頂ける、そんな店でありたいと願い、今年も火床の前に立っております。


2016年12月17日 店主 記
鰻の一番おいしい所は?の話し
 師走を迎え、普段と少々違う日々をお過ごしの事と存じます。一年間のご愛顧に心より感謝申し上げます。
 さて、初冬を迎え、鰻の旬もそろそろおしまいになって来ました。私共では、細い物で300g、太い物だと1.2kgにもおよぶ大物の天然のみを扱ってまいりました。
 12月になりますと、鰻の腹側には脂肪の固まりが付いてきます。産卵の長旅、そして越冬のためですね。しかし鮪や他の魚と違い、この腹付近の肉質にはあまり油はのっていません。焼いてみるとわかりますが、激しい動きをする真ん中から尾にかけての部位が脂がのって一番美味しいのです。
 川漁師も減り、天然鰻も手に入りづらくはなって来ましたが、鰻も料理も本物を求め続ける努力は来年も変わりありません。どうぞ宜しくお願い申し上げます。いつでも最高の物をと思い、今日も火床の前に立っております。


2016年10月14日 店主 記
江戸前鰻の話し
 9月中旬より江戸前(東京湾付近)の天然鰻が入荷しております。
 江戸時代、全国的な飢餓により施行された「天保の改革」。鰻が贅沢品として扱われ、今のように簡単に口にすることができませんでしたが、「薬食い」と称され、珍重されていた鰻を食べることは当時憧れのひとつでもあったのです。
 そして、江戸っ子は自分たちの目の前(東京湾近辺)江戸前で捕れた鰻を最上のものとし、地方から送られてくる鰻を「かご鰻」、「旅鰻」と言い、格下として扱っておりました。当時諸国の名物名産の中で、諏訪湖も鰻名物を誇った地域のひとつでしたが、今や江戸前の鰻を諏訪でいただけるとは時代も変わったものです。
 海水・汽水域で捕れた天然鰻。背は茶色がかった艶のある黒、腹は黄色がかった白と、まさに今養殖鰻が追い求める味も形もここにあります。
 創業36年、量は減りつつも天然鰻を手掛け続け、今のこの鰻に出会えることに唯々感謝あるのみです。これからも本物の鰻の味を届け続けたいと願い、今日も火床の前に立っております。

 追伸
 折井裕くん、今年5月より私共の調理長として陣頭指揮を執って貰っております。数々の経験と技術、彼ならではの独創性は、今後の「うなぎ小林」にとって大いなる牽引力になるものと一同確信しております。どうそ彼の料理を食べに来てください。


2016年9月1日 店主 記
鰻は薬食いの話し
 先日、私の出身地富士見より見えられたお客様に、「鰻を食べると本当に効くかな」と質問されました。私は即座に「絶対効きますよ。何せ昔から(鰻は精力金(こん)薬食えば血となり肉となる)と言われ続けられてますから」と答えました。果たして何に効くのかは、御人それぞれだと思いますが・・・。
 何にせよ、鰻の持つ並外れた生命力と共にビタミンAをはじめとする数々の栄養素が必ずや効くものと信じてやみません。その栄養素を少しでも多く摂って頂くため、私共の鰻は時間をかけじっくりと大きく育ててもらっております。
 場長に感謝しつつ、研ぎ澄ました包丁で一気に裂き、それを刺し焼き上げる手業を私達は磨き続け、なおかつ美意識を忘れる事なく、お客様の心底まで効く鰻こそが私共の鰻だと思い、今日も火床の前に立っております。


2016年8月3日 店主 記
鰻と名器の話し
 鰻資源保護が叫ばれている昨今ながら、関係者のご努力により鰻の確保も出来、今年も「土用丑の日」を無事迎えることができました。ありがたい事です。しかし、「うなぎ食文化」がこのままの社会意識で良いのだろうか?少し気にはなりますが。
 ところで、約1年半かかりましたが、先月平戸松山より日本で唯一の「丼」が届きました。呉須絵の第一人者、牡丹絵を書いたら東西一と言われる中里勉氏の手による名器です。
 日本一の器に、はたしてどれだけの蒲焼きを乗せることができるのか、私共は唯々精進あるのみ。この名器に恥じない蒲焼きを目指し、今日もうちわ片手に火床の前に立っております。

追伸
 この丼、いつでもご覧に入れます。前日くらいまでにご一報ください。特別の鰻を召し上がって頂きたいと思いますので。


2016年7月1日 店主 記
鰻の蒲焼、各地にとってどうちがう?の話し
 鰻の蒲焼の作り方は、大別して関東風と関西風に分けられることは以前にもお話ししたとおりですが、タレの作り方にもそれぞれの特色があります。
 白焼にして蒸してから焼く関東風のタレは醤油勝ちのさらっとした辛めの味付け、焼いてすぐにタレを付ける地焼きの関西風は砂糖醤油の甘めの味付けが主流です。
 その上で各地、各店で様々な工夫を凝らし、より一層おいしい鰻を召し上がって頂ける様、研鑽されている事は同業者として敬意を表します。
 お客様が各地に出向き、ご自分の趣向にあった味に巡り会うことが一番ですが、地域地域でそれぞれの特色がある事もお忘れなき様。
 一人でも多くのお客様に「おいしい」とおっしゃっていただける味を求めて、今日も火床の前に立っております。


2016年6月2日 店主 記
益々おいしくなってきた天然鰻の話し
 ウナギ「取引禁止」回避と各新聞で報道されたとおり、今年のワシントン条約会議での日本鰻の貿易規制に関する議論は見送られることとなりました。
 しかしながら鰻を扱う一人として、益々その保護・管理にかかわって行かなければと改めて自覚しております。
 ところで自然界はと言うと、水温が上がり、活動期を迎えエサを食べ始めた天然鰻は、今頃の「ひね」期となって固くなってきた養殖鰻と違い、その身も皮も柔らかく、益々風味豊かになってきました。
 自然の生態系の中で力強く生きている本物の鰻の味を存分に召し上がってみては如何でしょうか。太めの鰻をお二人で半分づつ。
 この鰻どう焼けばお客様に喜んで頂けるかと思いをはせながら、今日も火床の前に立っております。


2016年5月2日 店主 記
鰻を大切にの話し
 「限りある鰻資源の保護管理をしっかりと」と言われている中、今年もどうにか間に合うだけのシラスウナギが国内の池に入り終りました。
 私共も向こう1年半お客様に安心して召し上がって頂ける鰻を確保することが出来、ホッとしております。只、養殖池保全(健全経営)のため、高値安定は続きますが、どうぞご理解の上、ご容赦願います。
 私共も鰻を扱う一人として、今まで以上に鰻を大切にし、あらゆる部位からそのおいしさを引き出そうと考え続けております。
 肝はもちろん、頭、骨、ヒレ、あばら骨など、いわゆるアラを使い、おいしい鰻料理にして行く事も鰻職人に求められる役割の一つであると考え、今日も火床の前に立っております。


2016年4月18日 店主 記
今年の日本鰻の話し
 昨年の11月、1キロ3百万円の高値から始まった今期のシラスウナギ漁も今月で終了です。結果は不漁。過去の乱獲などから「日本うなぎ」の稚魚は激減し、一昨年からいよいよ政府が資源保護を目的とした規制をしております。
 今期は昨年の養殖実績の7割を上限として池入れを行う様、規制指導をしておりましたが、思惑の7〜8割の池入れに終わりそうです。国をあげての取り組みでしたが、今年も鰻は高値が続きます。申し訳ありません。
 この9月にはいよいよ南アフリカでワシントン条約の締約国会議が開催されます。資源保護の取り組みが不十分と判断されると輸出入が規制される恐れもあり、台湾・中国などに頼らざるを得ない日本の鰻市場に大きな影響が及んで参ります。
 ますます価値が上がる日本鰻、日本料理の一翼として世界に誇れる蒲焼きを焼くことこそ我が使命と考え、今日も火床の前に立っております。


2016年3月2日 店主 記
鰻と酢の話し
 鰻の持つ独特の旨さは他の食品と出会うことで益々そのおいしさを増し、様々な鰻料理となっております。
 卵と鰻で「う巻き」、豆腐と合わせて「鰻豆腐」、牛蒡を巻いて「八幡巻」と、どれも私共でお出ししておりますが、とりわけきゅうりと鰻で作る「うざく」はその美味しい事。うなぎときゅうりをざくざくとあえる所から「うざく」と言いますが、私の考案した加減酢と針のように切った生姜が相まって、創業以来の私共の看板料理のひとつとなっております。
 これからも鰻を使った料理を何か?と思いつつも蒲焼きに勝る一品はなかなか見つかりません。死ぬまで勉強ですね・・・と考えつつ今日も火床の前に立っております。


2016年2月1日 店主 記
冬の天然鰻の話し
 例年初冬をもって終了している天然鰻が、今年は少しずつですが真冬の今でも入荷して参ります。
 四万十川をはじめとする川の鰻は、水温の低下と共に活動しないためほとんど捕れませんが、暖流と交わる汽水域のある浜名湖では、水温の高い場所があるのでしょう、太い鰻が少しずつ入って参ります。
 浜名湖と言えば車エビ、白焼きにしますとほんのり海老の香りがして参ります。太い天然鰻を焼くことは鰻屋冥利につきます。どうぞ自然のおいしさを味わってください。
 ところで、浜名湖での食物連鎖の頂点に君臨しているのはひょっとして鰻では?いや、やはり人間ですかね、と考えながら今日も火床の前に立っております。


2016年1月22日 店主 記
『平成28年 今年の鰻は』の話し
 明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 昨年末より始まった今期のシラスウナギ漁は、決して豊漁とは言えません。これから月が変わり、3月までに何回かある闇の大潮に期待をしているところですが、そんな中お陰様で私共ではほぼ池入れが終了しました。お客様に安心して向かう1年間召し上がって頂ける鰻のご用意が出来たのです。後は無事順調に育ってくれる事を願うばかりです。
 昨年のエルニーニョ、徐々に進むヒートアイランド現象、そして今年9月に行われるワシントン条約締結国会議など、日本の鰻界は様々な問題を抱えておりますが、私共鰻屋の使命はただひとつ“1年間変わらずおいしい鰻を作り続けること”と肝に銘じております。
 どうすれば昨年よりおいしい鰻を召し上がって頂けるかを考え、今日も火床の前に立っております。

【追伸】
 若者よ、鰻屋をめざしてみませんか?私が教えます。


2015年12月2日 店主 記
鰻の恩返しの話し
 私にとって大恩のある御人が先日心臓病にて入院されました。事一大事にあっても自分の無力さを改めて知ることとなり、せめてもの救いにと特製鰻重を召し上がって頂きました。唯々一日も早い全快を願うばかりです。
 その恩人に「商売とは儲けばかりを求めのではなく、いかに人に喜んで貰えるかを思い、すぐに実行する事だ」と身をもって教えて頂きました。
 この道47年間、自分の鰻は本来こうあるべきと思い、その技法を現実にするため、諏訪のこの地に移り住み早8年、この教えを片時も忘れたことはありません。
 医食同源本来の鰻屋の使命を全うし、すべてのお客様に「おいしかったよ」と言って頂けるよう今日も鰻を裂き、刺し、火床の前に立ち、心底おおいしい蒲焼が焼けるよう願っております。
 一年間ありがとうございました。お客様にとって来年も良い年になります様、御祈念申し上げます。


2015年11月6日 店主 記
大鰻の話し
 その昔、天竜川を介し大海との往き来ができた諏訪湖には、たくさんの鰻が生息しておりました。中には三百匁もあろうかという大鰻もいたとか。
 しかしながら、その後川の途中にはいくつものダムが建設され、諏訪湖は完全に陸封化されてしまい、海との交流による自然の生態系は失われてしまいました。
 そのため、江戸時代に諏訪の名物として珍重されていた大鰻は、全くいなくなってしまったのです。しかしご安心ください。私共の所には、穴道湖、浜名湖、小川原湖など、大海に接した湖から500gから1kgくらいの大鰻が入荷しております。やはり大鰻は美味しいですね!
 裂き、刺し、焼きと、どれをとっても加工技術が問われる仕事ですが、そこは職人冥利に尽きながら、江戸時代には味わうことができなかった美味しい大鰻をお客様に召し上がっていただきたいと思い、今日も火床の前に立っております。


2015年10月24日 店主 記
鰻の新仔の話し
 私共の業界で「新仔」と言うと、11月よりシラスウナギの池入れをし始め、翌年7月中旬より池上げした鰻を指します。しかし、短期間で育てるため、身も皮も柔らかく扱い易いのですが、どうしても旨みが足りないと思い、私の所では一切使いません。
 その代わり、約1年かけじっくりと育て上げた旨みのある私共専用の鰻の池上げがいよいよ10月より始まります。私はこれこそ真の新仔と考えます。
 手間暇惜しまずおいしい鰻を育ててくれた場長には唯々感謝しておりますが、彼自身もまたお客様に心から喜んで頂きたいと思う一念で頑張ってくれております。
 大切に育ててくれた鰻をいかに美味しくお客様に差し上げられるかが私の役割と考え、今日も火床の前に立っております。


2015年9月26日 店主 記
鰻と包丁の話し
 「一本三十秒」、下諏訪の丸六さんでの修業時代、私が鰻を裂く時間でした。当時はただ裂くだけでしたので1分間に2本出来ましたが、今では裂いて向骨を外し、ヒレを取り、骨切りをするとどうしても1本1分は掛かってしまいます。それだけ“ていねい”な仕事になってきたのでしょう。
 鰻包丁には大別すると、「関東形・背開き」、「名古屋形・腹開き」、「大阪形・腹開き」と3種類あります。私の所では名古屋包丁で背を開いております。そして現代の鰻に適応してある程度の蒸しも入れます。これは裂き方と言い、焼き方と言い、他に類のない独自の方法だと自負しております。
 いずれにせよ、お客様にどうすれば鰻をおいしく召し上がって頂けるかの結果であり、今後も必要とあればどんどん進化して参りたいと思っております。
 このスピリッツを今の従業員さんがしっかりと受け止め、どう表現してくれるかを楽しみに、今日も火床の前に立っております。


2015年8月30日 店主 記
鰻と器の話し
 近代日本料理の創者のひとり、北大路魯山人先生が残された言葉のひとつに「器は料理の衣である」という一節があります。先生はそのために多くの名器をご自分で造られた事は今更私が言うまでもありません。
 元より、私めごときにその才覚などあろうはずもなく、ただ真似事にとどまっております。しかしながら、縁あって陶芸家の先生方には何かと御説教頂き、今まで不出来な料理を飾って頂いて参りました。そしてこの度、佐賀県は有田町に慶応元年に窯を築かれた初代徳永虎助の意志を今に継ぐ現代有田焼の第一人者である徳永隆信氏の手により錦手の丼を造って頂く事が出来ました。
 日本にただ一つ私共の店のために、6ヶ月の時間をかけ一筆一筆書き上げられた丼は、まさに銘品そのものです。9月下旬よりこの丼を使わせて頂き、新メニューとともに日本一の鰻丼を作ることこそ私の使命だと思い、今日も火床の前に立っております。


2015年7月13日 店主 記
鰻は夏の妙薬の話し
 万葉の昔から、夏負けにいいと言われている鰻。タレを付けずに焼き上げ、わさびと柚子胡椒で食す白焼、皮は身と共に柔らかく、口に含むと独特の旨みが広がる馴染みの蒲焼、鰻本来の美味しさを大切に地焼きで焼き上げた天然鰻。どれをとっても旨い、鰻小林の逸品です。
 より天然に近い味を求め、養殖うなぎにとって一番必要な水と餌にこだわり、徹底した管理の下で育てられた鰻が毎日届けられております。
 江戸時代、平賀源内先生が唱えたと言われている土用丑の日。私共は時代によって培われて来た鰻文化を大切にし、又お客様にとって鰻は暑い夏にこそ精気を蘇らせてくれる妙薬であると考えます。
 修業時代、丸六のおやじが仕入れた燒津の鰻、近海で捕れた青魚を餌にした風味豊かなあんな鰻が育てられたらと思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2015年6月10日 店主 記
天然鰻の話し
 創業以来35年間、天然鰻を扱わなかった年は1度もありません。それも私共の誇りです。
 以前は問屋を介し、四万十川を始め日本各地より天然鰻が入荷しておりましたが、ここ数年は産地も量もめっきり減ってきております。お客様に「本物の鰻を召し上がっていただきたい」という思いだけで商いをさせていただいて来ましたが、量も減り価格も急騰してきた事に唯々申し訳なく感じでおります。
 漢方医学の世界では「身上一也」という言葉があるそうです。その地でとれた物をその地で食べることこそ健康なる食生活であるという思想を表した言葉だそうです。
 日本各地へ行ってもなかなか味わうことの出来ない天然鰻を、この地でこの地で召し上がっていただく事こそ鰻屋の使命の一つだと思い、これからも続けて参ります。
 シラスウナギの乱獲によりめっきり減ってしまった日本鰻が以前の様に各地で捕れてくれればと思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2015年5月23日 店主 記
鰻丼が先? 鰻重が先?の話し
 古来より鰻は北海道などの一部を除いて、日本各地の川や湖、はたまた海で捕れ、それをぶつ切りにし竹串に刺して塩焼きにしたり味噌や酢をつけて食べられており、その姿が蒲の穂と言われてきた事は以前にもお話ししました。
 その後、背を開き串に刺して焼くようになり、蒲の穂とは似ても似つかぬ形となって名前の意味は失ってしまいましたが、醤油や味醂出現により、その美味しさは無類のものと変わっていたのです。
 ところで鰻丼は?と申しますと、江戸文化年中のころ、日本橋境町にあった芝居小屋の経営者大久保今介が蒲焼きを冷めないようにと熱々の丼めしの中に挟んで届けさせたのが始まりだと文献に記されております。折しも繁栄を極め始めた江戸の町で、簡単に食事を済ませるために考案されたアサリを初めとする丼飯が鰻の蒲焼きが冷たくなるのを防いでくれたのです。
 そのあまりのおいしさに将軍をはじめ、大名はたまたま上流町人達が庶民が使う丼ではなく漆塗りの重箱に変えて行ったのではと考えます。
 時代を超えても無類のおいしさを持つ鰻を、もっと美味しく食べていただくには?と考えながら今日も火床の前に立っております。


2015年4月1日 店主 記
鰻の新仔の話し

 4月になり、今年のシラスウナギ漁も終盤を迎えました。全国的には昨年よりはるかに少ない池入れ量となり、今年も高値が続きそうです。
 厳しい状況下ではありましたが、お陰様で私共の管理下にある池にもシラスウナギを入れることができました。一年間お客様に、とっておきの鰻を召し上がって頂くため、いよいよ養殖が始まりました。しかしエサの価値は昨年の二倍だそうです。
 ところで、私共の店にも、店長をはじめとする優秀なメンバーに加え、新人が入って参りました。彼らの創造性を大切にし、「仕事は御人の為に」、「料理人である前にまず人であれ」、鰻文化をささえる技術と共にこれらの事も教え続け、一緒に未来を創って行きたいと考えます。どうか皆さんご来店頂き、新人に叱咤激励をお願い申し上げます。
 力を合わせて、お客様にとびっきりおいしい鰻を召し上がっていただきたいと思いながら、今日も火床の前に立っております。


2015年3月16日 店主 記
鰻とご縁の話し

 2月24日から始まった東京高島屋さんへの出店も3月2日をもって終了致しました。多くのお客様とご尽力頂いた皆様に心より御礼申し上げます。
 とりわけ現地で陣頭指揮をとっていた当社の店長田谷の申すには、いつもお越し頂いているお客様と高島屋の11階でお会いした時は、涙が出るほど嬉しかったそうです。
 単身東京へ出向き、職人を使い当店の「のれん」を守った彼女に敬意を表するとともに感謝しております。もちろんその間、私と共に本店を守ってくれた従業員全員にも同様に感謝を伝えたいと思っております。
 今回も鰻の取り持つご縁によって多くの事を学ばせて頂きました。これをご縁にまたとびっきり美味しい鰻とお料理をお客様に差し上げねばと思いつつ、今日も火床の前に立っております。


2015年2月20日 店主 記
鰻とゴルフの話し

 先日プロゴルファーの福沢孝秋氏にラウンドレッスンをしていただく機会に恵まれました。下手くそな私に見かね、氏は懇切丁寧にゴルフ理論を教えてくれました。
 翌日、毎朝あたりまえにやっている鰻を裂く仕事「包丁を軽く持って肩の力を抜き、刃先を骨に合わせ角度を変えずに一気に裂き抜く、リズミカルに腰の回転で」いかがですか?どこかゴルフスイングに似ている気がしませんか?
 しかし、やはり本筋が違いのでしょう、鰻を裂くことは簡単ですが、ゴルフはいっこうにうまくなりません。
 福沢さんには申し訳ありませんが、自分はやっぱり鰻道に精進・・・と思いながら、また今年こそ福沢プロが優勝出来る事を願いつつ、今日も火床の前に立っております。


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